(85)アメリカという権力ー11

アメリカの安全保障政策が劇的に変わったと鳩山前総理が思うのも無理はありません。オバマ大統領の演説は世界から反響を呼び、昨年のノーベル平和賞を受賞しました。アメリカが変化した事で政権交代を果たした日本も自民党の政策を継承する必要はない。鳩山前総理は対米政策を転換するチャンスと考えたのではないでしょうか。

現在アメリカは冷戦後に見合う形で世界的な米軍再編に取り組んでいます。これまでの戦争が国家対国家の戦争ならば、冷戦後は「非対称の戦争」、つまり「国家でない敵との戦い」が主となります。「テロとの戦い」が叫ばれているのはそうした事情です。敵がどこにいるのか分からない戦争、アメリカはそれに備えようとしています。

アジアから中東にかける「不安定な弧」と呼ばれる地域を睨みながら日米の安全保障関係は変化を迫られています。神奈川県のキャンプ座間にアメリカの陸軍第一軍団司令部が移転してくるように、陸海空の司令部機能が日米で一体化されます。またアメリカは沖縄の海兵隊8千人をグアムに移転させる計画です。

そこにオバマ大統領が登場しました。オバマ大統領の「核廃絶計画」は米ロで行ってきた核兵器削減交渉に中国を引き込もうとするものです。アメリカ、中国、ロシアが核兵器の削減交渉に合意すれば、世界の安全保障環境が変わります。北朝鮮や中東を含む「不安定の弧」の情勢も変化します。鳩山前総理はそうした流れを見て沖縄の海兵隊グアム移転を考えたのかも知れません。

一方でアメリカは米軍再編にかかる費用を日本に負担させようとしています。「安保にただ乗り」され金儲けを許した日本から、安保で金を吸い上げようというのが冷戦後のアメリカの戦略ですから、海兵隊のグアム移転費用も日本に負担させようという考えです。そこで鳩山政権はオバマ大統領が力を入れているアフガン戦争に5千億ドルという巨額の資金提供を発表しました。

鳩山政権の思惑としてはその金額にアフガンだけでなく普天間問題にかかる費用も含めていたと聞いています。しかしそれは功を奏しませんでした。それどころかアメリカは強硬に自民党時代の「日米合意」の履行を迫ってきました。特に国防省と国務省は強硬でした。考えてみれば国防長官のゲーツ氏はブッシュ政権時代からその職にあり「日米合意」にこだわるのは当然かもしれません。またクリントン国務長官も普天間移設で日本側と合意したのが夫のクリントン元大統領という事情があります。

そしてオバマ大統領の失脚を狙っているのがクリントン国務長官である事は衆知の事実です。当然ながら日本の外務省と防衛省もアメリカの国務省、国防省と同じ立場で、それに岡田外務大臣と北沢防衛大臣が絡め取られています。これら日米の勢力が昨年末から動き出しました。鳩山政権の方針に反対すると同時にオバマ大統領をも追いつめる動きです。

ノーベル平和賞を受賞したオバマ大統領が力を入れた「核軍縮」は目に見える成果を上げる事が出来ませんでした。4月にワシントンで開かれた初の「核安保サミット」では米ロの核削減の枠組みに中国を加える事は出来ませんでした。それどころかアメリカや韓国の内部から「第二次朝鮮戦争が起きる」というきな臭い話がしきりに流されるようになり、3月に米韓合同軍事演習をしていた韓国の哨戒鑑が沈没しました。

鳩山総理が普天間問題の方針を決定する期限としていた5月、韓国の哨戒鑑を撃沈させたのが北朝鮮の魚雷攻撃だという調査結果が発表されました。まさに一触即発の事態です。沖縄の海兵隊は日本を守る抑止力だという議論に説得力が生まれ、沖縄の海兵隊を国外に移す話は力を失っていきました。

ついに鳩山総理自身が海兵隊の抑止力を認める発言を行い、一方では世界を冷戦時代に戻すような出来事が相次いで起こりました。中東ではイスラエルがガザ支援船を攻撃し、イスラエルを巡る情勢が緊迫しました。アメリカではロシアのスパイが摘発され大々的に報道されました。アフガンでは軍の司令官が公然とオバマ大統領を批判するという前例のない出来事も起きました。

そうした中で鳩山総理が辞任しました。「政治とカネ」の問題で小沢幹事長を道連れに辞任した事になっていますが、私は日米の旧勢力の力を跳ね返せずに鳩山前総理は自滅したと見ています。小沢氏も世界の状況を見て中央突破は難しいと判断したのだと思います。確かに鳩山前総理自身が「政治とカネ」の傷を負っていた事は政権の力を減殺させました。しかしそれよりも大きかったのはアメリカの壁だと私は思います。

そして一連の出来事は、日本の政権政党が戦うべき相手は野党ではなく、官僚とアメリカである事を明確にしました。官僚勢力による「政治とカネ」の攻撃と日本が自立することを認めないアメリカの攻撃にメディアが絡め取られ、世論誘導された事が民主党政権を追いつめました。しかしこれで昨年の政権交代の流れが変わった訳ではありません。自民党にはいまだに国民の支持を回復させる力はなく、昔に戻る状況ではありません。明治元年の日本がどれほど混沌としていたかを思い起こせば、この程度で悲観的になる事はありません。敵が誰かがはっきりしただけでも前進と考えるべきです。(続く)