11/08/11 「この国のかたち」ではなく、「あり方」を◆日刊ゲンダイ

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「その数、日本列島に八百有余とも言われる『記者クラブ』は、和を以て尊しと成す金融機関すら“護送船団方式”との決別を余儀なくされた21世紀に至るも、連綿と幅を利かす。それは本来、新聞社と通信社、放送局を構成員とする任意の親睦組織的側面を保ちながら、時として排他的な権益集団と化す可能性を拭(ぬぐ)い切れぬ」。
2001年2月20日の「『脱ダム』宣言」に続いて「『脱・記者クラブ』宣言」を発したのは同年5月15日です。「政官業」の利権分配トライアングルの打破を目指したのが前者とするなら、後者は「政官業学報」の既得権益ペンタゴンの熔解を目論んだ宣言でした。爾来10年、「3・11」を経て国民は覚醒しつつあります。政官業に留まらず、御用学者の学、報道機関の報も含めたペンタゴンは“裸の王様”ではないか、と。
別(わ)けても与謝野晶子女史が96年前、「駄獣の群」と題する詩歌で「ああ、此国の怖るべく且つ醜き議会の心理を知らずして衆議院の建物を見上げる勿れ。禍なるかな、此処に入る者は悉(ことごと)く変性す」と看破した政界の熔解は加速度的です。
選挙制度を改変すれば解決する、といった小手先の話ではありません。「この国のかたち」という形式美でなく、「この国のあり方」とい内容美が問われているのです。
こうした中、実体を伴う政界再編のマトリックス=基盤は、「消費税・放射能・公務員」だと僕は考えます。「東京新聞・中日新聞」で論説副主幹を務める畏兄・長谷川幸洋氏も同意見です。「新しい方程式」を編み出す人物か否かのリトマス試験紙と言えます。
大衆迎合的に「減税」を唱える側でなく、「増税で景気浮揚した国家は古今東西、存在せず」の公理を踏まえ、「財源」を創る国家経営者としての洞察力と構築力。御題目としての「脱原発」でなく、先週に詳述の「総括原価方式」の撤廃に象徴される「フェア・オープン・シンプル・ロジカル=公正・透明・簡素で理に叶った」政策の決断力と行動力。更には、今や官僚屈従へと朽ち果てた「政治主導」の空威張りでなく、「社会的共通資本」と呼ぶべき官僚を活性する掌握力と責任力。
小選挙区制度の下で何(いず)れ訪れる総選挙前の離反集合は、限定的でしょう。寧(むし)ろ、上記3項目への“立ち位置”を同じくする代議士が選挙後に50~60人規模の集団で4乃至(ないし)5つに再編され、その新しい政党が中連立を組む政治の形態が日本に訪れるの、と予感します。