ニッポン維新(160)情報支配―10

公文書管理担当大臣に就任した上川陽子氏は、まず全省庁に対し新規の文書廃棄の凍結を指示しました。官僚の「情報隠し」を阻止するためです。次に全省庁の文書管理の現場を視察し、民間や自治体など他の組織の管理の仕方との比較検討を行いました。

一方、有識者会議も議論を重ねて2008年の11月に「最終報告」を総理に提出しました。しかし既に旗振り役の福田康夫氏は総理を辞めており、報告書を受け取ったのは麻生太郎総理大臣でした。1年以上の総理の在職を許さない日本政治特有の「ねじれ」の仕組みが始まっていたのです。

この「最終報告」には、「民主主義の根幹は国民が正確な情報に自由にアクセスし、正確な判断を行い、国民主権を行使する事にあり、公文書はそれを支える基本的インフラである」と明記されています。まさに公文書管理こそが民主主義政治の根幹なのです。

「最終報告」を受けた麻生内閣は翌09年3月に公文書管理法案を閣議決定しました。ところが政府が作成した公文書管理法案は、有識者会議の「最終報告」を後退させる内容でした。公文書を国民のものとする表現は法案に盛り込まれず、「公文書管理は政府の責務」という面だけが強調されました。「国民」ではなく「政府」を主体とする法案だったのです。

また公文書の「作成義務」は盛り込まれても、何を作成すべきかは「政令」で決める事になりました。「政令」とは行政機関が決める法律で、国会が関与する事は出来ません。情報公開法が施行された時に官僚は「個人メモ」を作成して行政文書を作らないようにしましたが、同じように骨抜きを図る余地を残す内容でした。

さらに文書廃棄の判断主体を「最終報告」では、従来の「各行政機関の長」から「公文書担当機関」にしましたが、法案では「各行政機関の長」の決定権が維持されました。他にも「最終報告」では国立公文書館の権限強化を図るべきとしていましたが、法案はその事に一切触れませんでした。

このように政治主導で進められてきた公文書管理法は、法案になるところで官僚ペースに引きずり込まれました。これに野党民主党は反対でした。与党自民党の中にも政府案は不十分と見る議員がいました。そこで与野党は積極的に修正協議を行いました。

修正協議の結果、まず「公文書は国民のもの」である事、また文書の作成義務として「政策決定過程」を残す事が明記されました。文書廃棄の判断主体も、「各行政機関の長」に加えて「内閣総理大臣の同意」が必要とされました。こうして修正を施された公文書管理法は09年6月に全会一致で成立し、2011年4月から施行される事になったのです。

公文書管理法の制定過程から見えてくるのは、情報の主導権を巡る官僚と政治家との戦いです。何としても情報を自分たちだけのものにしたい官僚は、しぶとく抵抗して骨抜きを図りました。その抵抗を打ち破るには与野党が対立するのではなく協力する必要がありました。

与野党の修正協議がなければ公文書管理法は官僚ペースの法律になった可能性があります。政治主導で法律が出来たように見せながら中身は官僚の思うままにされたのです。これが政治を前面に立て政治主導に見せながら肝心なところを官僚が操る官僚主導のやり方です。それを変えるには与野党の協力が不可欠である事を公文書管理法の制定過程は教えています。

国民主体の政治を実現するために必要な公文書管理法はこうして成立しましたが、間もなく成立しただけでは安心出来ない事が分かりました。法律が施行される直前の2011年3月11日、日本は未曾有の大震災に見舞われ、東京電力福島第一原子力発電所の原子炉がメルトダウンしました。日本は深刻な放射能問題を抱える事になりました。

事故の原因や対応を徹底的に検証し、その記録を長期に保存する事が日本の責務となりました。ところが事故直後に総理官邸で開かれた「原子力災害対策本部」の議事録が「不存在」である事が分かったのです。公文書管理法の施行前とは言え、公文書管理法が成立していながらその精神は希薄であることが露呈されたのです。

政府は未曾有の災害で混乱していた事を理由にあげました。しかしこの釈明は我々を呆れさせるだけです。大震災で現場が混乱するのは仕方がないと思います。しかし司令塔である官邸が混乱する事は許されません。何が起ころうと超然として状況を判断する事こそが司令塔の使命です。それが現場と一体となって混乱していたと自ら認めたのです。我が国の統治機構は機能麻痺に陥っていると言わざるをえません。

しかし私にはもっと驚いた事があります。それは新聞の対応でした。NHKが夜のニュースで議事録の「不存在」の一報を報じた翌日の朝刊が一斉にこのニュースを無視したのです。報じた新聞は一紙もありませんでした。この国に新聞は存在しないのかと思う一方で、「またか」とも思いました。私には官僚機構に利用されてきたメディアの実態を見てきた経験があるからです。情報支配の実態を明らかにするためにはメディアの問題にもメスを入れなければなりません。(続く)