田中康夫の新ニッポン論 ㉑「パーフォーマンス」

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阪神・淡路大震災から二〇年目の一月十七日、今上天皇・美智子皇后は兵庫県公館で開催の追悼式典に出席後、音楽療法士、園芸療法士の方々と懇談しました。

“被災者と寄り添う”“心のケア”などと「アームチェアな言辞=空理空論」を宣う議員や学者と異なり、避難所、仮設住宅を経て復興公営住宅に移り住んだ高齢者の元へ訪れる活動を地道に続ける人々です。

社会の一隅に居ながら、社会を照らす生活を送る。最澄の至言「一隅を照らす」を改めて想起します。今回も、全国津々浦々で真っ当に働き・学び・暮らす人々を“労(ねぎら)い”“照らす”行幸啓でした。

その二〇年目の追悼式に欠席した宰相は同時間帯、ホテルコンラッド・カイロで開催の日本エジプト経済合同委員会に出席。「ISILと闘う周辺各国に、総額で2億ドル程度、支援をお約束します」と演説しました。その四ヶ月前にもニューヨークで、「イスラム国」掃討を目的としたシリア領内での空爆に賛意を示しています。「首相『空爆でイスラム国壊滅を』 エジプト大統領と会談」と「日本経済新聞」が報じた電子版は現在も閲覧可能です。

続いての訪問先でも同様の発言を行いました。そのヨルダンは、アカバ湾に面する僅か12kmの海岸線から更に7kmも奥まった場所に、平時から大量の「水」が必要不可欠な原子力発電所建設を敢行する、地震国にして内陸国。

三番目の訪問国では国立ホロコースト記念館で以下の挨拶を行っています。「深い悲しみを乗り越え、イスラエルの建国に尽くした人たちを前に、厳かな気持ちになりました」。「特定の民族を差別し、憎悪の対象とする事が、人間をどれほど残酷にするのか、その事を学ぶ事が出来ました」と。

持論たる日本版「積極的平和主義」の思いを吐露したのでしょう。テロリズムもホロコーストも許されざる蛮行。が、同様に戦争も殺人も許されざる愚行。「空爆でイスラム国壊滅を」との明言は、昨夏のガザ侵攻にも“ブーメラン”として戻って来るのです。

国際連合加盟一九三ヶ国中、一三五ヶ国が承認するパレスチナ自治政府の領内に、最初の十日間で五百トン以上のミサイル、航空爆弾を投下とイスラエル当局者が認め、犠牲者の八割近くが民間人と国際連合人道問題調整事務所が発表した、「境界防衛作戦」なるイスラエル国防軍の攻撃です。

而(しか)して日本は、ベンヤミン・ネタニヤフ首相が来日し、昨年五月十二日に署名した「共同声明」で、サイバー兵器、無人航空機(UAV)等の高度なノウハウ技術をイスラエルから導入する「準同盟国関係」へと踏み出しています。

拉致も許されざる悪行。然(しか)るにシリア、イラク両政府が統治し得なかった辺界を占拠した「イスラム国」は今やヨルダンと同等の面積を擁し、六百万人近い民間人が居住。「空爆でイスラム国壊滅を」の大言は、ガザ地区に暮らすパレスチナ人への「積極的戦争主義」と同義と中東で“異訳”された蓋然性は極めて高いのです。

にも拘らず極東の“日出ずる国”では、「動画、合成じゃないか」と防衛副大臣が発言し、画像解析専門家と称する人物がテレビや新聞に登場する始末。鳴り物入りで誕生した筈の国家安全保障会議が開催されたのは、当初期限の七十二時間が切れる二時間前でした。

何故か日本では「パーフォーマンス」は、奇を衒った実体の伴わぬ行為を指す単語。が、本来は、優れた性能や効果を評価する際に用いる表現です。「満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び」と新年に感懐を述べた天皇の神戸での営為、中東での首相の営為、そのどちらが戦後七〇年目の日本に相応しきパーフォーマンスとして歴史に刻まれるのでしょうか。