ニッポン維新(184)09年政権交代を総括するー12

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守屋武昌元防衛事務次官の『「普天間」交渉秘録』(新潮社)を読むと、辺野古移設を巡って様々な利権がうごめき、最終的に守屋氏が提案した現行案に落ち着いていく経過が描かれています。その中で興味深いのはアメリカの対応です。アメリカは最後まで本音を見せず、守屋氏の提案を拒否し続けてから一転して合意するのです。交渉ではぎりぎりまで拒否して本気度を試し、本気である事を確信してから合意するというアメリカのやり方が分かります。従ってアメリカとの交渉にはタフな姿勢が必要です。そのタフさが鳩山総理にはありませんでした。しかも西松建設事件で小沢氏を政治の一線から退かせることに失敗した東京地検特捜部が、翌10年の1月に陸山会事件を摘発してさらに小沢氏を追いつめます。これも全容が分かってみると「期ずれ」の記載で、メディアがおどろおどろしく伝えた「嘘の記載」ではないのですが、連日の報道によって民主党には夏の参議院選挙で不利な状況が創り出されていきました。
日本の政治制度では衆議院でどれだけ多くの議席を有しても参議院の過半数を得なければ政策を実現する事ができません。民主党が参議院選挙で負けないためには鳩山総理と小沢幹事長が一線から退く事になりました。こうして副代表の菅直人氏が総理に就任しますが、そこでとんでもない事が起こりました。選挙に勝つ事が最大使命の菅総理が突然10%の消費増税を表明して民主党のマニフェストを裏切ったのです。おそらく民主党に対する攻撃を見て、政権を維持するためには国民との約束より官僚機構やアメリカにすり寄る姿勢を見せなければならないと思ったのでしょう。アメリカが「年次改革要望書」に代わって要求してきたTPP(環太平洋連携協定)にも「平成の開国」と称して積極的に受け入れる姿勢を見せました。
こうなると冷戦後の日本の在り方を追求した政権交代の意義は雲散霧消し、元の木阿弥となりました。かつての自民党は冷戦構造を利用して驚異的な経済成長を成し遂げ、しかも成長しただけではなく世界で最も格差の少ない「一億総中流」社会をつくりました。ところが冷戦が終わるとアメリカは日本経済を「敵」と捉え、日本型資本主義の解体に取り掛かります。モノづくりで富を蓄積した日本にアメリカ流のマネーゲームが持ち込まれ、冷戦中に日本が蓄積した富はみるみるアメリカに吸い上げられていきました。それが「失われた時代」の本質です。
日本型資本主義の解体は小泉政権でピークを迎えます。アメリカの求める構造改革によって「一億総中流」は瓦解し、アメリカ型格差社会が到来しました。アメリカは移民で成り立つ国ですから常に低賃金労働者が流入します。しかし移民のいない日本では新規学卒者を移民扱いせざるを得なくなりました。非正規雇用が蔓延し、将来に希望の持てない若者が再生産されています。アメリカ型の競争原理が医療や流通の世界にも及び、構造改革の痛みに国民は悲鳴を上げました。それが09年の政権交代の原因です。従って新政権はアメリカが求める構造改革と一線を画し、日本の伝統的価値観に基づく冷戦後の日本の在り方を追求する姿勢が求められたのです。
09年の民主党のマニフェストにはそうした方向が見えていました。しかし現状を変えるには、いかなる反対にも屈しない強い意志を持つ一方、現実に立脚し現実との調和を図りながら目的を達成する戦略が必要です。アメリカのオバマ政権には理想と現実の調和に努力する姿勢が見えましたが、鳩山政権にはそれがありませんでした。ただ日本は半世紀以上も政権交代のなかった国です。政権を握ったことのない政党に直ちに熟達した政治を求めるのは無理があります。経験を積ませて育て上げるしかないと考えていたのですが、菅政権からは政権交代の目的に進む姿勢が消え、政権を維持するためにアメリカと官僚機構に従属する姿勢が現れました。(続く)