ニッポン維新(100)国民主権を阻む壁―15

議会制度の長い歴史を持つイギリス議会ですが、国民から選ばれた議員が貴族院の支配から脱して優位に立つ事が出来たのはわずか百年前です。それまでは議会があっても国民主権が確立しているとは言えませんでした。どのようにして国民主権を勝ち得たか、そのやり方は庶民院と貴族院が異なる議決をした時に、庶民院を解散して民意を問い、選挙の勝利によって貴族院の議決を覆す事から始まりました。

これと似た例が日本にもあります。小泉総理による郵政解散です。郵政民営化法案は衆議院で可決されましたが参議院では否決されました。通常ならば法案は廃案になります。しかし小泉氏は「国民の考えを聞いてみたい」と衆議院を解散しました。自民党は激しい分裂選挙を繰り広げ、その結果郵政民営化に賛成する側が大勝利を収めました。

参議院の中からは「解散は憲法違反だ」とする批判がありました。確かに憲法では参議院で否決された法案は衆議院の三分の二で再議決されないと廃案になります。しかし郵政民営化を争点とした選挙の結果は参議委の議決を否定しました。参議院は再度の議決の結果、多くの議員が賛成に回りました。日本にも選挙によって参議院の議決を覆した例があるのです。

ところが日本ではイギリスのように直ちに衆議院と参議院の関係を見直す話にはなりませんでした。イギリスでは政府が時を移さず国会法を改正して貴族院よりも庶民院の優位性を確立しました。すなわち国民主権を確立したのです。ところが戦後「強すぎる参議院」によって政権運営を制約されてきた日本では、郵政民営化法案に限った話で終わりました。それが私には残念です。

イギリスと日本の違いを考えると、まず日本国民に参議院によって国民の意思が抑圧されているという意識がありません。参議院は貴族院のように世襲ではなく国民の選挙によって選ばれた議員で構成されているからです。どちらも国民の意思を代表している事になり、抑圧とは感じない仕組みです。それだけ日本の方がやっかいです。

これまで述べてきたように、参議院にはその誕生の由来からいまだに貴族院の思想が底流にあり、「衆議院何するものぞ」という対抗意識が根強くあります。民主主義を抑圧する意識はなくとも政府に抵抗する力はあります。それが国民の多数から選ばれている筈の総理の権力を制約しているのです。

特に最近では政権獲得を狙う野党が、まず参議院で多数を握り、「ねじれ」を利用して政権を揺さぶり、次の衆議院選挙で勝利を得るやり方が「政権獲得の方程式」になりました。そうなると国民が三回続けて同じ政党を選挙で勝たせない限り、政権は安定せず、選挙で約束したマニフェストは実現されないのです。

その事を国民に良く理解させるか、あるいは衆議院の過半数で選ばれた総理が国民に約束した政策を実現するため、参議院で否決されても衆議院の三分の二ではなく過半数で再議決出来る仕組みにすれば政権運営は混乱しません。マニフェストも実現できます。しかし「三分の二」を「過半数」に変えるには憲法改正が必要です。

イギリスでは国会法の改正だけで庶民院の優位性を確立する事が出来ました。しかし日本で憲法改正が必要となれば、衆参両院の三分の二以上の賛成が必要です。「強すぎる参議院」の力を押さえる憲法改正に参議院が賛成するとは思えません。日本はイギリスよりもハードルが高いのです。

政権交代が現実になった今、しかしハードルが高くともこの問題に手をつけない限り、選挙で国民が選んだマニフェストは実現せず、国民は何のために政権交代をさせているのかが分からなくなります。日本で国民主権を確立するためには何が必要かをさらに考える事にします。(続く)