11/03/14 超連立の救国内閣◆共同Weekly

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一向に機能しない「議会制民主主義」への幻滅が、大阪、阿久根、名古屋の現象を引き起こしました。石原慎太郎氏が当選した1999年の東京都知事選、翌年の長野県知事選の往時から顕著となった、時代の閉塞(へいそく)感を打破し得る指導者を探し求める国民は、更に勢いを増しています。それは「政党政治」への嫌悪でもあります。
「その日暮らし内閣」に終止符を打つべく解散を、と声高に唱える野党陣営とて内心、勝者の政党が確定しにくい次期総選挙の結果を案じています。二大政党制確立を標榜(ひょうぼう)しての小選挙区制導入だったにも拘らず・・・。
故に、「大連立」「中連立」「小連立」の何れかで現在の難局を凌げぬか、と模索する向きが与野党内外に存在します。が、凡百(ぼんびゃく)の連立構想では、有権者に更なる落胆を与えるだけです。
何故か? 日本を救う為、と大義名分を掲げても、所詮は自分達の既得権益の源泉たる政党と議席を保持する為に順列・組み合わせを行うのだろ。国民は鋭く見抜いているのです。
外国籍の知人の違法献金に加え、脱税・覚醒剤で逮捕された暴力団元構成員からの献金も、「その全体像を明らかにする」と予算委員会で大見得を切ったのに、日本の外交や内閣の帰趨(きすう)、国民の生活よりも、自分の未来が第一と、「誠司とカネ」の説明責任も果たさず敵前逃亡した「口先番長」は論外にせよ、政治が真っ当に機能しないと日本は溶けてしまいます。
新党日本が与党統一会派を組む国民新党の亀井静香代表が提唱する「救国内閣」は、翼賛的と思われ勝ちな連立内閣と異なり、哲学と覚悟を兼ね備えた光り輝く一人ひとりの人物で構成される、実体を伴ったオールスター内閣構想です。
単なる顔見世興行とは異なり、「この人物ならば財政を、外交を、福祉を任せてみるに値するぞ」と、国民各層が期待出来るだけの着想力と行動力を有する人物を、与野党、朝野(ちょうや)を挙げて起用するのです。
首班指名を受けたマエストロとしての宰相が、この人物を登用すると政党側に伝えます。飽く迄も人物本位。各政党の派閥やグループから推薦を受けて組閣する連立内閣とは対極です。
フランスでは嘗て、小説家のアンドレ・マルローがシャルル・ド・ゴールの求めに応じて情報相、文化相を務めました。更にジャック・シラクは、国会議員時代にパリ市長を兼務しています。
実は日本でも、地方自治体の首長が国務大臣を兼務するのは法律上、何ら問題なし。であればこそ、今や青息吐息(苦笑)な民主党は“民由合併”直後の2003年総選挙で発表した組閣名簿で、山国の知事を務めていた私を地方分権担当大臣としたのでした。
会議は踊るばかりな議院内閣制と政党政治に、もどかしさを国民は感じています。だから、その打開策としての政界再編=単なる政局と否定的に捉えるのです。 
だとするなら、世の中捨てたもんじゃない、と国民が実感するだけの変革の果実を、救国内閣の各閣僚が同時多発的に齎す中で、政局ではなく政策本位の政界再編へと至るべきです。
議会制民主主義を再び機能させる為に、政党の連立を超えた「救国内閣」が今、日本に求められる所以です。