ニッポン維新(126)民主主義という幻影―12

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C-SPANにはさらにもう一つ重要な側面があります。それは国民一般ではなく、特に選挙権を持たない若者の政治教育に力を入れている事です。

これまで紹介した視聴者参加の「コール・イン・ショー」も、議会の「公聴会」の放送も、シンクタンクの政策議論も、すべて国民の政治教育に役立つ番組ですが、それに加えてC-SPANは高校と大学での政治教育に力を入れているのです。ケーブルテレビの加入者が増えて経営に余力が出ると、C-SPANはスクールバスの形をしたテレビ中継車を作りました。その中継車が全米の大学と高校を一つずつ回っています。議会の映像を学校の教材に使うよう教師に働きかけるためです。同時に学生の政治討論番組をそこで制作し放送しています。

C-SPANの要望にこたえて議会の映像を授業に取り入れる学校が出てきました。私もその一つインディアナ州のパデュー大学を訪れた事があります。この大学ではC-SPANの放送を24時間録画し、ビデオテープを図書館で保存しています。その中から政治学の教授が授業に使用する議会映像を選び、それを学生に見せて授業が行なわれます。

日本ではともすると「政治は反教育的」と考えられます。NHKの国会中継を見ればスキャンダル追及の連続ですから、確かに学生に見せて授業する訳にもいきません。政治家には黒塗りのハイヤーと宴会のイメージが付きまとい教育とは縁遠い存在です。社会科の授業で国会見学をする事はありますが、学生が見ているのは議事堂の建築だけで、政治家の議論ではありません。

若者たちはお笑いタレントと共に出演するテレビ番組で政治家の姿を見るのがせいぜいではないでしょうか。そうした時は与野党の議員が相手を攻撃している場面が多く、政治とは相手を誹謗中傷する事だと思い込んでしまいます。従って政治家の議論を授業に使う発想など出る余地がありません。国民が選んだ国民の代表を国民自身が尊敬する気になれないのは、政治の仕組みに足りないものがあるからではないでしょうか。

ところがアメリカでは、本会議場で繰り広げられる政治家の議論、また公聴会で語られる有識者と政治家の議論を教材に授業が行なわれています。そしてC-SPANは投票権のない若者たちに積極的に政治討論をさせ、それを番組にしています。ある時、C-SPANが高校生の討論番組を放送しているとホワイトハウスから電話がかかってきました。

レーガン大統領が番組を見ていたのです。レーガンは「僕も討論に入れてよ」と言いました。高校生の政治討論番組に突然大統領が電話で生出演する事になりました。高校生と大統領が何の打ち合わせもなく討論できるところにアメリカ民主主義の強さ、政治と国民の距離の近さを感じます。

投票権のない若者の政治教育こそが民主主義にとって重要だとC-SPANは言います。政治を見る目を若いうちから養っていかないと「民主主義は強くならない」と考えているのです。アメリカにこうしたテレビが生まれたのは、ベトナム戦争の敗北とウォーターゲート事件がきっかけでした。深刻な政治不信がアメリカを覆い、民主主義の危機に陥った事が民主主義を強くするテレビを作り出したのです。(続く)