ニッポン維新(137)民主主義という幻影―23

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「リクルート事件は日本の権力継承の仕組みを破壊し、日本政治を漂流させる事になった」と書きましたが、2009年に出版された「リクルート事件・江副浩正の真実」(中央公論新社)を読むと「事件はメディアと検察が仕組んだ壮大なでっち上げではなかったか」という気がします。

リクルート事件は1988年6月に朝日新聞が川崎市の助役に対するリクルートコスモス株の譲渡問題を報道した事から始まります。その直後に産経新聞が森喜朗衆議院議員にリクルートコスモス株が譲渡されていた事を報じ、それを追って新聞各紙が渡辺美智雄、加藤六月、加藤紘一、宮沢喜一氏などへの株譲渡を次々に取り上げました。

株の譲渡は犯罪ではありませんが、メディアは「濡れ手で粟」という表現で大衆の怒りを誘います。国民が怒れば報道は次第にエスカレートしていきます。東京地検特捜部が捜査に乗り出す前から江副氏はメディアによって疑獄事件の主役にされていました。

江副氏はNTT幹部への贈賄容疑で逮捕されますが一貫して容疑を否認します。検察が描いたストーリーの供述調書に署名しませんでした。すると「恫喝」が始まります。リクルートの幹部社員が相次いで逮捕され、このままでは会社が潰れると思わされます。脅しですから社員は起訴されませんが、心理的効果は十分です。そして「署名しないといつまでも拘留するぞ」と脅されます。

それでも否認し続けると「拷問」にあいました。江副氏は壁に向かっていつまでも立たされ、終始目を開けるよう強制され、目をつぶると耳元で怒鳴られます。意識がもうろうとしたそうです。土下座もさせられました。肉体的につらい状態に陥ると、弁護士から「たいした罪にはならないから検事調書に署名して早期保釈を受けた方が良い」と言われます。検事と弁護士は連絡を取り合う仲ですから、役割分担している可能性もあります。

江副氏が弁護士の説得に応じてNTT幹部への贈賄を認めると、すぐさま次の容疑で再逮捕されました。こうして江副氏は3度逮捕され、6度起訴される事になります。江副氏によればいずれも身に覚えのない調書に署名させられ、その調書に基づいて無実の人間が次々逮捕起訴されていくのでした。

そして検事からこう言われます。「これだけマスコミに書かれると政治家をあげないわけにはいかなくなった」。検事は「F(藤波)I(池田)N(中曽根)」の3人の名前を挙げて捜査に協力するよう要求します。それまで嘘の供述調書に署名してきた江副氏には抵抗する術がありませんでした。池田克也代議士と藤波官房長官に電話をしてお願いをしたという調書が用意されます。調書に署名すれば「その代わり中曽根は外す」と言われました。

「メディアが疑惑と報道する事が世論となり、特捜部は世論に応えなければならない」という仕組みがこの国にある事を江副氏は痛感します。そして自分が置かれた状況を打開するには、嘘でもいったんは署名して裁判で争うしかないと考えるようになります。

こうして江副氏は心にもない調書に署名し、その調書を証拠にNTTの真藤恒会長、労働省の加藤孝前事務次官、文部省の高石邦男事務次官、池田克也代議士、藤波孝生元官房長官らが逮捕・起訴されていきました。

裁判で江副氏が自らの供述調書を否定しました。すると裁判は一審だけで13年以上もかかりました。その間に他の被告たちはすべて有罪刑が確定していきました。藤波孝生氏が訴追された事で日本政治は権力継承の仕組みを失い、急遽作られた宇野政権は参議院選挙に惨敗して33年ぶりに国会に衆参の「ねじれ」が生まれました。

江副氏は2003年に懲役3年・執行猶予5年の有罪判決を受けましたが、判決文には「リクルートの利益になる行為であったにしても、それ自体としては違法不当な施策を行なわせるものでも、行政の公正などを害するようなものでもなく、むしろ、国の正当な政策に適ったものである」と書かれてあり、「事実上の無罪」と江副氏は受け止めます。裁判所が無罪判決を出せば検察が控訴する事は確実で、一審だけで13年かかった裁判はさらに長期化する恐れがあり、裁判所が被告と検察の双方の顔を立てて控訴しにくくした判決だと江副氏は受け止めます。

日本中が大騒ぎして政治を機能不全に陥れたリクルート事件が「事実上は無罪だが有罪」というのはどういう事でしょうか。江副氏はそれで納得したのかもしれません。しかし国民は救われないのです。リクルート事件は国民に対し「政治とカネ」のマインドコントロールを強め、「ねじれ」を作り出して政治を機能不全にし、権力継承の仕組みを破壊して政治を漂流させました。この国が民主主義国家であるならば、立法府はこの事件を再度検証する必要があると私は思います。(続く)