ニッポン維新(148)民主主義という幻影―34

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『自民党疑獄史』を読み返すと日本のメディアの問題点が色々浮かび上がってきます。まずは当局(つまり官僚機構)の発表を鵜呑みにし、問題を多角的に探る事をせず、さらに新事実が分かっても当局が修正しない限り修正しない事です。

造船疑獄は海運業界に有利な法案を成立させる見返りに政界に多額の献金が流れた事件として報道されました。しかし当時の社会部記者は「計画造船」の仕組みや背景などを知らずに検察の発表をそのまま報道しています。事件の背後に踏み込む取材をしておりません。

ところが事件から6年後に松本清張氏が『日本の黒い霧』で、造船疑獄の背後にアメリカの軍事戦略がある事を暴きました。しかしそれから13年後に出版された『自民党疑獄史』はその事に全く触れていません。事件当時の報道をそのまま踏襲して造船疑獄を説明しています。事実を究明するのがメディアの使命なのに前例を重視する官僚と同じ体質なのです。

話は変わりますが、沖縄返還交渉で佐藤総理の「密使」を務めた若泉敬氏は後に「密約」の存在を暴露しました。ところが外務省がそれを無視するとメディアも一斉に無視します。若泉氏はそうした日本を「愚者の楽園」と批判しました。ロッキード事件でも、「田中角栄の犯罪」とメディアがさんざん報道した後で、最高裁は収賄の決め手となる「嘱託尋問調書」の証拠能力を否定しました。するとメディアはそれを大きく取り上げず、検察が描いた「ロッキード事件は田中角栄の犯罪」という構図を検証し直す事をやりません。だから国民のマインドコントロールもそのままです。

そして最大の問題は、日本の政治構造と民主主義についての「勘違い」です。『自民党疑獄史』は自民党長期単独政権の原因を造船疑獄の指揮権発動に求めました。指揮権発動に国民が反発し、追い詰められた与党が「保守合同」によってさらに強固になったため長期政権が可能になったと説明しました。しかしこれは「大いなる幻想」です。

「保守合同」は確かに戦後の混乱した政治体制を安定させるために行われましたが、決して指揮権発動が原因ではありません。戦後の日本国憲法は「強い参議院」を作り出しました。予算以外の法案は参議院が賛成しないと成立しない仕組みです。それによって片山、芦田、吉田と続く戦後政権は、いずれも重要法案を成立させる事が出来ませんでした。

しかし吉田政権だけはGHQの後ろ盾により、「ポツダム政令」と呼ばれるGHQの命令で、国会で否決された法案を国会の頭越しに実現する事が出来ました。それが吉田長期政権を支えます。しかし1952年に日本が独立すると、国の政治を「ポツダム政令」に頼る訳にはいかなくなりました。そこで安定した政治体制を作る必要が生まれます。それが「保守合同」による自民党の誕生と左右両派が結集した社会党による「55年体制」でした。

そこで問題なのが自民党と社会党との関係です。政権交代を行う与党と野党の関係ではなく、経営者と労働組合の関係を模倣したのです。労働組合が従業員の労働条件を改善するだけで決して経営権を奪わないように、社会党も自民党に修正要求をするだけで政権を奪おうとはしませんでした。

それは社会党が選挙で過半数を越える候補者をただの一度も擁立していない事で分かります。国民が社会党の候補者全員を当選させても政権交代は起きないのです。従って自民党長期単独政権の原因は、表で与野党対立のように見せながら、政権交代を求めない社会党の存在にあったと言えます。それが「55年体制」の真相です。

ところが日本のメディアはその真相に目をつむり、検察の力を封じ込めた指揮権発動に問題の根源を求めました。そこから国民の代表である政治家を検察が逮捕する事が民主主義を実現する事だという奇妙な論理が生まれます。ところで政治が検察に対して指揮権を発動する事は民主主義に反するのでしょうか。

世界の常識は全く逆だと思います。民主主義社会では国民が司法や行政よりも上位に立ちます。国民の利益になるように司法や行政を監督するのが国民の代表である政治家の役目です。検察がおかしな捜査を行えば政治が指揮権を発動するのは当然です。もし指揮権発動に問題があれば、それは国民が選挙で判断します。司法や行政が判断する話ではありません。しかし日本のメディアは政治を叩いて官僚に都合の良い状況を作る事が民主主義だと「勘違い」し、国民をマインドコントロールにかけてきたのです。(続く)