ニッポン維新(150)民主主義という幻影―36

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特捜部は自ら捜査した事件を自ら起訴する特別の捜査機関です。旧日本軍が国民から接収した貴金属類が戦後行方不明となり、それを調査させるためにGHQが作った隠退蔵物資捜査部が前身でした。政治家の汚職事件や巨額脱税事件の捜査が使命とされますが、最初の政界捜査で特捜部は躓きます。

造船疑獄事件の背後にアメリカの軍事戦略がある事を知らずに、自由党の佐藤栄作幹事長を逮捕しようとして捜査断念に追い込まれます。それを指揮権発動された形、つまり政治の圧力に屈した形で切り抜けますが、それ以来特捜部は常に一部の政治勢力と結託して捜査を進めるようになりました。

特捜部が摘発した事件を見てくると、アメリカや霞が関に不都合な政治家を排除する組織である事が分かります。しかしそれを国民に気付かせないため、メディアを世論操作の道具に使うナチスのゲッベルス的手法を取り入れました。ロッキード事件では田中角栄氏を逮捕してメディアに「最高権力者をも逮捕する最強の捜査機関」と言わせ、佐川急便事件では金丸信氏を逮捕して「権力に切りこむ正義」と書かせます。しかし田中、金丸の両氏とも権力者の地位を離れた後に逮捕され、時の権力者には邪魔な存在でした。特捜部は権力者にとって邪魔な政治家を逮捕してきた極めて政治的な組織なのです。

しかしメディアが検察の思い通りの世論操作を行なうので、国民は検察が摘発した人物を初めから「クロ」と思い込みます。世間が「クロ」と信じる人物を裁判所も無罪にする事は出来ません。こうして特捜部が摘発した政治家は100%有罪となり、政治家は検察に逆らう事が出来なくなりました。

メディアを使い世論を誘導する事に成功した特捜部には勘違いが生まれました。国民の代表である政治家の摘発には慎重の上にも慎重を期さなければならないのに、政治家を捕まえる事が義務だと思い込むようになったのです。証拠が整わないうちから捜査に乗り出し、それでもメディアを操作すれば批判されないとタカをくくるようになりました。

しかしそれが決定的な躓きをもたらします。総選挙を前に民主党代表の小沢一郎氏と副代表の石井一氏をターゲットにした捜査でとんでもない事が起きました。そもそも選挙の前に政界捜査を行なう事は国民主権を冒涜する行為で民主主義国では許されません。にも拘らず無理な捜査に踏み込んだ特捜部は証拠を改竄せざるを得ない状況に追い込まれました。

証拠の改竄は立派な犯罪です。それを検察庁は現場の検事の個人的な問題として、いわゆるトカゲの尻尾切りで逃げ切ろうとしています。しかし検察を知る者はそれを信じる事が出来ません。検察は組織が一体となって捜査を進める機関で、個人が自由に捜査する組織ではないのです。これは造船疑獄以来積み重ねてきた特捜捜査の歪みが犯罪を生み出したと見るべきです。

検察の手先であるメディアは、検察の犯罪を糾弾せず、小沢氏の裁判と政局報道と絡めて国民の目をそらさせようとしています。しかし国民が注目すべきは、これが国民の権利を行使する総選挙の前に行なわれ、しかも国民の代表に対して犯罪的な捜査が行なわれたという事実です。

これは日本の民主主義を考える最大の機会です。今回の事件は特捜捜査の歪みの実態、それに追随するメディアの実態、そして検察に尻尾を振る政治家と政党の実体をあぶりだしました。この機会に遡ってこれまでの特捜捜査を検証し、メディアのマインドコントロールから解き放たれないと日本の民主主義はいつまでも幻影のままで終る事になります。(続く)