ニッポン維新(170)情報支配―20

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BSアナログ放送によるハイビジョンの普及は、経済大国となった日本が21世紀の情報化時代に向けた国策とも言うべき大方針でした。推進勢力の中心には、ハイビジョン技術を開発したNHK、放送機器メーカーとして世界市場を占有していたソニー、そしてメディアの「護送船団」を主導する郵政省がいました。
しかしこれに立ちふさがったのがアメリカです。そもそもBSを打ち上げなかったアメリカはハイビジョンの普及にも懐疑的でした。ハイビジョンの是非を巡って開かれたアメリカ議会の公聴会では、画質の良いテレビを見せる事がなぜ国民の利益になるかに疑問が集まりました。
「テレビの面白さは画質ではなく内容だ。良い画質でつまらない野球を見るより、エキサイティングな試合を普通の画質で見る方が面白い。ハイビジョンの導入は電機メーカーの利益にはなるが国民の利益にはならない」との意見が多数を占め、多彩な情報の提供こそが国民の利益になると結論づけられました。
アメリカはハイビジョンには目を向けず、アメリカが開発したデジタル技術と多チャンネル放送を推進する道を選びました。世界も日本ではなくアメリカの目指す方向を受け入れていきました。そして1989年の長野オリンピックで象徴的な出来事が起きました。オリンピックの中継にソニーの放送機材が使用されなかったのです。
それまで世界中の放送局はソニーの機材を使用してきました。一般家庭のテレビやビデオもほとんどがソニー製でした。ところがソニーはハイビジョンにこだわり、そのためアナログ放送が必要だとしてデジタルに背を向けていました。それが裏目に出たのです。
長野オリンピックの中継には、かろうじてデジタル技術の導入に間に合ったパナソニックの機材が使われました。その頃に新社屋を建設したTBSもソニーの機材を導入せず、パナソニックの機材を使ったことが話題になりました。
今、日本の家電メーカーが韓国や台湾の追い上げに苦しんでいます。円高が原因だと言われますが、むしろデジタル技術の普及がもたらした苦境だと私は思います。品質の高さを追求するよりも選択肢の幅を追求する考え方に日本が立ち遅れたのです。そして日本の新聞とテレビがこぞってハイビジョンを「高度情報化社会の切り札」と持ち上げた事が、世界の流れから立ち遅れの遠因を作ったのです。
その後、デジタル化の潮流に抗しきれないと考えた郵政省がBSアナログによるハイビジョンの普及を止めさせ、すでにアナログハイビジョンの生産体制を敷いていたソニーは大打撃を受けました。こうして日本にデジタルに転換する流れが生まれますが、日本のデジタル化は世界のように、放送事業の新規参入に道を開き、国民に多彩な情報を提供する構造を生み出しませんでした。新聞社とテレビ局の系列関係がしっかりとメディアの世界を支配していたからです。
世界の衛星放送はコストの安いCSを使い、既存の地上波局とは異なる事業者が参入して多チャンネルを形成しています。しかし日本ではデジタルになってもBS放送はそのまま残り、多チャンネルのCS放送の普及を抑えています。チャンネル数の少ないBS放送を運営しているのはNHKと民放キー局です。つまり昔からメディア界に君臨してきた事業者が地上波も衛星波も抑えている訳で、日本は世界とは異質の道を歩んでいるのです。(続く)