田中康夫の新ニッポン論 ⑮「暗黙知」

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言わずもがな経済人類学者カール・ポランニーの弟に当たる物理化学者マイケル・ポランニーは一九四九年、五八歳にして科学哲学者へと“転身”し、Tacit Knowingと呼ばれる「暗黙知の次元」を編み出します。

「名医の診断のように、明確に言葉には表せないが、科学的創造性を支えている身体を基盤とする知識」と「大辞林」は解説。

その博覧強記が横溢するホームページ「千夜千冊」で畏兄・松岡正剛氏は、「暗黙知とは、意識の下の方にある為に取り出せなくなっている知識を言うのではない。…どうも一部の経営学者達がそういう見方を広めたようで、誤解が広まった」と喝破。それは図表・数式等で全ての物事は説明・表現可能だとするナレッジマネジメントなる経営管理の「形式知」に対する鋭鋒(えいほう)の一撃です。

而(しか)してコロンブスは地球が丸い事を知っていて米大陸の一端に辿り着いたのではなく、メンデルも遺伝法則の知識を獲得する為にエンドウ豆を掛け合わせたのではなく、自分が果たした事を後から振り返って繋げる「不意の確証」が働いていたのだと記します。創発知、潜在知。暗黙能、潜在能。それが暗黙知なのだと。

アルフレッド・マーシャルの至言「クールヘッド・ウォームハート」を持ち出す迄もなく、人間の体温を感じさせる冷静・冷徹な認識と判断こそ、富国裕民の国民益・国家益を齎す指導者に必須の条件。「ホットヘッド」な情緒や情念に陶酔していては、歴史の審判に耐え得る「不意の確証=暗黙知」の創発は期待薄です。

経済は歴史現象であるが故に二度と同じ事は起こり得ません。科学は自然現象であるが故に二度と同じ事は起こり得ません。永遠の万馬券も絶対の防災も、故にこの世には存在しないのです。

にも拘らず、全ての起こり得る事象は演算装置のアルゴリズムで解析可能と端から信じて疑わぬ“お花畑”な「覇道」の政治が跳梁跋扈しています。「限定的」「必要最小限」「三要件」「15事例」なる巧言の直後に、如何様にも“拡大解釈”可能な官僚用語の「等」が記されているのですから、然しものスーパーコンピュータ「京」もお手上げでしょう。

「集団的自衛とは、自国には直接何も影響がなくても同盟国を助ける為に敢えて参戦すること。それでこそ同盟国。自国の安全に影響がある場合の反撃なら従来の個別的自衛権の行使で済む。『わが国の安全に重大な影響を及ぼす可能性があるときに(限り集団的自衛権を)行使する』との首相の私的懇談会『安保法制懇』は集団的自衛権の『定義』が間違っているのである。無理だらけの報告書である」と「共同通信」への寄稿で看破した憲法学者の小林節氏は、「立憲デモクラシーの会」緊急会見でも以下の見解を披瀝しています。

「集団的自衛権というのは御存知の通り『同盟国の戦に我が国は無条件で駆けつけて参戦する』これが本質なんですね。この事が忘れられて、何か細かな状況論議に変わってしまっている。必要最小限というのは安全弁のように言われますけれども、これは『必要』から入る以上、言葉の性質からいって『必要です』といって入ったら、始まっちゃうんですね。最小限なんて歯止め、なくなっちゃうんですね」。

「同盟国に使嗾(しそう)され戦争に参加する事があっては断じてならない」と六月号の巻頭言で「月刊日本」主幹の南丘喜八郎氏が、「国家は怪物。いったん暴走したら怖いんだぞ」とインタヴューで小林よしのり氏も明言。何れも「安全保障」とは軍事力のみに非ず、外交、経済、情報で切磋琢磨する「戦い」こそ基本と暗黙知で捉える面々の卓見。彼我の違いは大です。